2012飛鳥Ⅱワールドクルーズ 四国88ヶ寺歩き遍路 シルクロードバスの旅

エカテリーナ宮殿

   エカテリーナ宮殿

エカテリーナ宮殿へ歩く
エカテリーナ宮殿へバス駐車場より歩く、正面に門が見える。
宮殿の名前は、ピョートル大帝の后でもあった、第2代ロシア皇帝エカテリーナ1世(在位:1725年 - 1727年)に由来する。

エカテリーナ宮殿入口門
エカテリーナ宮殿入口の門
サンクトペテルブルク中心部から南東25kmの郊外の避暑地にある。
ロシア帝国時代のロココ建築の宮殿。
ロココ建築=主に宮廷建築、バロック建築の後期のもので、独立した建築様式ではない。室内装飾に自由な曲線を複雑・優美に配したものである。18世紀フランスより、各国に伝わった。

エカテリーナ宮殿外観
エカテリーナ宮殿外観
エカテリーナ宮殿外観
エカテリーナ宮殿外観
第6代ロシア皇帝となったエリザヴェータ(在位:1741年 - 1762年)は母のエカテリーナが建築させたものが時代遅れで不便で作り直す。
壮麗・壮大なロココ調建築に入れ替える。
1756年7月30日に全長325メートルの現行規模の宮殿が完成した。
建設は1752年5月から4年で完成(この規模の建築で早い工期にどんな労働者が働いたのか??)。


大広間
内部 大広間

大広間天井
大広間の天井画

金箔貼の壁
金箔と鏡貼の壁

金箔貼と鏡貼の壁飾り
金箔貼と鏡貼の壁飾り


階段室
階段室
壁飾り
正面階段 壁飾り、東洋の陶磁器が置かれている。

正面階段天井
正面階段 天井画

天使の像
正面階段 「まどろむキューピット」
階段ホールにある対のキューピットの像。東には「目覚めるキューピット」、西には「まどろむキューピット」が置かれている。


暖炉の有る部屋
暖炉
陶器の暖炉

部屋から部屋への回廊
部屋から部屋への回廊

現地ガイド
サンクトペテルブルク現地ガイドのアンナさん、知識が豊富で熱心な若い美人ガイドさん、子供が2人いるそうです。
他の観光客でも壁に触れたりすると大きな声で注意をする、遺産を愛する人。


女帝の衣装
女帝の衣装 何枚もの衣服を着るのは日本の12単衣のようだ。

エリザヴェータ
エリザヴェータの肖像画
エリザヴェータ・ペトロヴナ( 1709年12月18日 - 1762年1月5日、在位:1741年 - 1762年)は、ロマノフ朝第6代のロシア皇帝、ピョートル1世の娘、母はエカチェリーナ1世。

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黒人のメイド
黒人メイドの像 奴隷では無いメイド

磁器
磁器の壺

肖像画の部屋
絵画の間


緑の食堂
緑の食堂 
カテリーナ2世がスコットランドの建築家チャールス・キャメロン(1740頃-91)に依頼して1780年代につくらせた部屋。

緑の食堂より
緑の食堂より他の部屋を見ると違いが分かる。
カテリーナ2世が私的な生活を象徴している部屋。


琥珀の間
琥珀の間
琥珀の間
琥珀が第二次世界大戦のレニングラード包囲戦中にドイツ軍に持ち去られたため、琥珀の間は失われていたが、1979年から始まった復元作業により、2003年に琥珀の間は完全に復元された。

 琥珀探しは、戦後すぐに始まるが、見つからなかった。

ところが、1997年になって、モザイクの一部が、某公証人のもとで発見され、ドイツ当局が没収した。琥珀の間の略奪に参加したドイツ軍将校の一人が、モザイクを公証人に一時的に預けたという。

 2000年4月29日、ドイツは、発見されたモザイクをロシアに返還した。

Yahooで【琥珀の間】で検索すると上記のような琥珀を発見したというのが出ていました!!!

エカテリーナ2世によって1770年に完成された琥珀の間は、エカテリーナ2世は特にこの部屋が気に入り、エカテリーナ2世が許す者以外の入室を禁じました。

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