2012飛鳥Ⅱワールドクルーズ 四国88ヶ寺歩き遍路 シルクロードバスの旅

トルクメニスタン

 トルクメニスタン

首都はアシガバート。永世中立国。
トルクメン語が公用語だが、ロシア語が広く通用する。
カラクム砂漠が国土の80%。雨量200㍉以下を砂漠、200~500㍉をステップと呼ぶ。カラクム砂漠は雨量140㍉。

国境付近にアムダリヤ川があり、そこからカラクム運河が分かれ、農業に利用している。
全域が砂漠気候。夏は40~50度、冬は0度以下まで下がる、夏はほとんど雨が降らない。

20世紀の末にソ連から独立ニヤゾフ大統領による独裁が長く続いた、欧米からは「中央アジアの北朝鮮」といわれていた。
言論の自由はなく、インターネットも認められていなかった。これに対し、グルバングル・ベルディムハメドフ現大統領は、インターネット利用などを約束している、が今回の旅行ではうまくつながらなかった。

天然ガスは世界第4位の埋蔵量の資源国である。資源の輸出により潤沢な資金がある。
食料品・日用品・住居等の物価が低く抑えられ、教育・医療費・電気・ガス・水道・ガソリンなどが無料に近い。このため独裁国家には珍しく国民生活は安定し治安も良い。
ガソリン:車1台に付き120ℓ/月無料、追加は1ℓ=25円。

シルクロードの遺跡等が有名だが、観光ビザの取得手続きは煩雑であり、観光産業は育っていない.
1$=2.85マナート。1マナート=40円。何処でも米ドルが通用、両替不要。
立派なモスクが多いが、ソ連時代から1995年まで国中に一つもモスクが無かった。


 第26日目 4月26日 土曜日

    ウズベキスタン4月26日より続く
10:10 入国検査場⇒入国検査⇒税関(全員のスーツケースを厳しく検査)
    1週間前にフランス人旅行者が銃と宗教書を所持そのため今回は厳しくなる。
12:00 ファラップ国境出発。ウズベキスタン国境着より3時間20分かかる。
    街まで40km マリまで300km


国境付近
国境付近はカラクム砂漠

農村風景
農村風景
国境付近農村風景 12:30子供が学校から帰り道

田舎の小学校
田舎の小学校 建物は新しく綺麗。


アムダリア河の浮き橋
アムダリア河の浮き橋 バスを降りて歩いて渡る、
アムダリア河の浮き橋ジョイント
アムダリア河の浮き橋 橋のジョイント部分
アムダリア河の浮き橋:長さ1.5km、1940年に架かる。
アムダリア河のアラル海問題:灌漑の為カラクム運河に水を引き今はアラル海に水は流れていない。

12:50 トルクメナバードへ入る
国境より40km、近郊は綿花の大生産地、人口40万人首都に次ぐ第2の都市。

JEYHUNホテル
JEYHUNホテルで昼食
JEYHUNホテルで昼食
昼食中の間に入国した旅人の登記の手続き、何故か必要なのです。

旧大統領の銅像
旧大統領の銅像、肖像画は撤去される。

新大統領の肖像画
新大統領の肖像画のある建物。


カラクム砂漠
ラクダ
カラクム砂漠に入る

砂漠のど真ん中で露店
16:30 砂漠のど真ん中で露店 ラクダの毛の縫いぐるみ1$、ラクダのミルクを売る。

砂漠の砂止め
道路への砂漠の砂止め:道路の風上に芦で編んだ帯状の板を碁盤の目状に組む

羊の道路横断
羊の道路横断

カラクム運河通過
17:30 カラクム運河通過
綿花栽培・街に水を供給。1959年より運用開始。長さ1375km。

荒野
塩が吹いて来たステップ、作物は出来ない。

郊外の住宅
郊外の住宅 言論の自由はないが、パラボラアンテナで外国の情報を見ます。


アブドゥル・ハンカラ
アブドゥル・ハンカラ
アブドゥル・ハンカラ
14世紀 チムールの息子シャフルにより新しい街。
城壁の遺跡の中からラクダが出てきました。


メルブの遺跡
トルクメニスタン初の世界遺産1999年
BC6~4世紀 アケメネス朝ペルシャの支配下のオアシス都市
1218年に、チンギス・ハーンの要求を伝えた特使を殺害したため、1221年に、チンギス・ハーンの末子トルイ率いるモンゴル騎馬団(8万人)が復讐のために攻め込んで、100万人を数えたという住民を一人残らず皆殺しにした。メルブの町は廃墟と化し、二度と復興しなかった。

キズカラ
キズカラ
キズカラ
豪族の居城として大小のキズカラ、モンゴルの襲来まで使用される。
城外だったため、堅固に作られた、運河沿い・畑の近くに建てられる。
投石機で攻撃された跡が残る。

サルドバ貯水池
サルドバ貯水池 10世紀
サルドバ貯水池内部
サルドバ貯水池内部 階段を降りると水池。

Askha'bs廟
Askha'bs廟
Askha'bs廟 7世紀建設 14世紀チムールの時代に修復

エルカラ
エルカラ
エルカラ 
エルカラ
メルブ遺跡の最古の部分、高さ30mの城壁に囲まれ10~15haの城跡
円形のプランをもち日干レンガの城壁で囲まれた。
AD4世紀に仏教が伝播:世界最西端の仏教遺跡2箇所発見されている。

スルタン・サンジャール廟
スルタン・サンジャール廟
スルタン・サンジャール廟
スルタン・サンジャール廟
1140年に建設 高さ38m 幅27m 地下6m 壁の厚さ5m 2重のドーム
壁が厚かったため、唯一モンゴルに破壊されず残った。(モスクは破壊される)
2重のドームの技術はここで生まれ、14世紀のヨーロッパ・フィレンツェと伝わる。

マルグージュホテル
マルグージュホテル
マルグージュホテル
マルグージュホテル 3星
20:20 ホテル着 ホテル内で食事
マリ
マリ州(140万人)の州都、トルクメニスタン第3の都会、人口37万人。
水力発電・ガス発電所がありアフガニスタン・イランへ輸出。

ホテルよりの夜景
ホテル部屋よりの夜景

ホテル前の道路
ホテル前の道路

バス亭
バス亭
バス亭にはコンビニみたいな店とかコーヒー店・等ミニ店舗が併設されている。

モスク
ホテル近くのモスク


 第27日目 4月27日 日曜日

4台の4WDで砂漠を走る 238km 晴れ 昼間は34度
ホテル⇒マルグーシュ首都跡90km⇒メルブ85km⇒マリ市内38km⇒ホテル25km
ホテル発 9:00
ホテル着 17:15

砂漠の中を4WDで進む
砂漠の中を4WDで進む 草はラクダ草

ラクダ
休憩 ラクダの放牧場 一コブラクダ

ゴヌール・デペ
ゴヌール・デペ
ゴヌール・デペ
ゴヌール・デペ パンフレット
マルグーシュの首都跡=ゴヌール・デペ 10ha 4000人が住む
ゴヌール=茶色の意味
1972年ビィクトル・イヴァノビッチ・サリアニディ教授が本格的に発掘、2013年亡くなる。
紀元前23世紀~紀元前6世紀。
最初の居住者はシリア・パレスティナから移住、紀元前23世紀 青銅器時代。
紀元前6世紀ムルカブ河の川筋が変わったため40km西のムルブに移動。
長方形の城塞都市で、儀礼神殿、レンガ造りの建造物、豪華な宮殿などがありました。
住居跡は80箇所も発見されている。20~30万人住んでいたか!
世界四大文明に匹敵するが、文字が発見されていない。
ゾロアスター教が信仰されていた アラフマツダに捧げる。

ゴヌール・デペ
壺と馬

ゴヌール・デペ
壺と馬と青銅の車輪

ゴヌール・デペ
羊の生贄と壺
象牙の装飾品も発見これはインドとの交流があった。

ゴヌール・デペ
水道管が見える、貯水池もある。

13:20 現地の小屋でお弁当の昼食


ネストリウス派の教会
ネストリウス派の教会 5~6世紀 世界遺産

前大統領の金の銅像
マリ市内 前大統領の金の銅像

バザール
マリ市内のバザールの見学

バザールで見かけた人
バザールで見かけた人
バザールで見かけた人
バザール付近で見かけた人

車の装飾
車の装飾
バザール前で結婚祝いの車の飾り付け 車の70%はトヨタ車

17:15 ホテル着 昨夜のホテルに連泊

Yrsgalレストラン
19:00 Yrsgalレストランで夕食 カツレツ、チキンビザ、スープ


 第28日 4月28日 月曜日

マリ⇒アシガバード(トルクメニスタンの首都) 390km 曇り時々雨 20度前後
ホテル発 8:30
ホテル着 17:20


通学する子供
通学する子供
マリの朝通学する小学生制服と帽子が可愛い 親のおくり迎えは無い 治安がいいのだ。

ムルガブ河
マリ市内をムルガブ河が流れている。

スポーツ施設
スポーツ施設
マリ市内 スポーツ施設が多い。

子供の帰宅 
11:55 デジェンの街で小学生が学校から帰宅

サモサ
昼食
12:00 デジェンの街で昼食 弁当、焼きたてサモサ、ショルパスープ。


アナウ遺跡 16:30~16:45
アナウ遺跡
アナウ遺跡
BC2~AD3世紀に砦として使用
14世紀ペルシャ時代にモスク・廟が建設される
1948年の地震で崩壊
古いアナウは5000~4000年前で世界五大文明の発祥地とも言われる。

廟の参拝者用の炉
崩壊した廟には今も多くの信者がやって来る、子供が授かる子供が健康に育つが叶う。
宿泊設備まである、廟の参拝者用の炉 ここで捧げものの料理と食事などを作る。

信者
信者の人が写真を撮って言われる、ゾロアスター教の影響のある文様が婦人の襟元にある、トライアングル(水・土・火)を表す。
この国の人たちは写真を撮ってもらうのが好きだ。

宿泊ホテル
宿泊ホテル
17:20 ホテル着
グランド・トルクメンホテル 5星

夕食
19:30~ グランド・トルクメンホテル内で夕食
今回の旅行で初めてビールをウエイトレスについてもらう。

ホテル内より景色
ホテル内より夜景
ホテル室内よりの景色 昼間と夜景


 第29日目 4月29日 火曜日

アシガバード市内 78km 曇り時々雨 16~24度
ホテル発 9:00
ホテル着 14:00
ホテル発 20:20 夜景見学
ホテル着 21:05

アシガバート
アシガ:アラビア語で「愛」 バード:都市 「愛の街」
人口75万人
アシガバート市単独で州と同格の地位にあり、行政上はいかなる州にも属さない。
1948年10月6日の地震で176.000人が亡くなる(当時人口の90%)

街はいつもおばさん達が掃除をしていてゴミのない街。
噴水の数世界一、ギネスブックに載る。
白い街:イタリアのカララの大理石を使用。
1997年から白い大理石の街の建設が始まる、2003年ギネスに載る。
建物の大半はトルコの設計施工、会議場はフランスの設計施工。


アシガバード市街
アシガバード市街
アシガバード市街
アシガバード市街
アシガバード市街
アシガバード市街の車窓
整然とした街に車は少ない歩道を歩く人もいなく、人が住んでいるのだろうか!掃除をしているおばさんくらいしか見ない。

建築工事現場
建築工事現場
建築工事現場
躯体工事は足無し、外壁仕上げ工事は単管足場、白大理石貼りで外壁の凹凸があるからどうしても必要。

独立記念広場の塔
独立記念広場
独立記念広場
独立記念広場
一帯は独立公園として整備されている、記念塔・多数の噴水・前大統領の銅像など。
塔の高さ118m、下の部分91m(独立の年)上の部分27m(独立の日)

アシガバード市街
アシガバード市街
アシガバード市街
アシガバード市街の車窓

国立博物館
国立博物館
トルクメンババシー記念国立博物館
1998年ニヤゾフ大統領のポケットマネーで作られる。

永世中立の塔
永世中立の塔
永世中立の塔
永世中立の塔
1995年12月12日永世中立国になったのを記念して1998年建設
塔70m 塔の上に12mのニヤゾフ大統領の像(太陽の方向に回る⇒今は回らない)

世界一の屋内観覧車
マリから観光に来た人達
マリから観光に来た人達
世界一の屋内観覧車
火曜日は休みで入れなかった、マリから観光に来たグループ一緒に写真を撮る。

ニヤゾフ大統領の廟
故ニヤゾフ大統領の廟

キプチャクモスク
キプチャクモスク
キプチャクモスク
2000~2004年建設、ドームの大きさ中央アジア最大、
世界4番目の規模、高さ91m(独立の年を意味する)収容人員1万人。

TMレストラン
TMレストラン
12:45~TMレストランで昼食

アシガバード市街
アシガバード市街

14:00 グランド・トルクメンホテル着 昨夜と連泊

KUMUSHレストラン
19:00~ ホテルから歩いてKUMUSHレストランで夕食


結婚式場
結婚式場
結婚式場
刻々と色が変わる結婚式場

夜景
夜景
夜景 道路の街灯も色々な華やかな街灯だが車窓では撮れなかった。

グランド・トルクメンホテル
21:05 グランド・トルクメンホテル着


 第30日目 4月30日 水曜日

アシガバード⇒国境⇒ゴルガン 45km+520km 
快晴 アシガバード22度 イラン国境24度
ホテル発 8:30
ホテル着 20:25

トルクメニスタン歯科
トルクメニスタン
トルクメニスタン国民が植樹する森
トルクメニスタンの最後の景色

トルクメニスタン南ゲート
トルクメニスタン南ゲート 標高500m

9:35 バジギラン国境着(標高1625m)⇒税関検査⇒出国検査⇒ゲート

     次はイランへどうぞ

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