2012飛鳥Ⅱワールドクルーズ 四国88ヶ寺歩き遍路 シルクロードバスの旅

メキシコ合衆国

  メキシコ合衆国

面積=日本の約5倍 人口=日本とほぼ同じ 公用語=スペイン語 通貨=ペソ
学校=午前と午後の授業の2部制、子供の数が増えて教室数が追い付かないから。
メキシコは超富裕層と低所得層に分かれ、中間層が少ない。

6月11日(月) 7時入港 21時出航 メキシコ合衆国 アカプルコ

 
メキシコ アカプルコ市街
アカプルコ新市街地の高級ホテル群、休日は観光客で海・街中にあふれる。手前は高級別荘住宅。

アカプルコ タクシー
旧市街地の交差点、タクシーが多い、8割くらいがクラシックカーのカブトムシ12年程前までメキシコで生産していてタクシーや自家用車で今も多く走っている。

タクシーで2ドアは乗客が乗るのは不便でしょうに、後ろの窓は開かないし。

新しいタクシーや自家用車は日産のサニー現地名「ツル」が一番人気、燃費が良く故障しないと人気。

メキシコは産油国でも自国で精製していないからガソリンは高い。バスも多く走っている。

写真のマイクロバスは乗降口ドアーを開けたまま走っているが、大型の市内循環バスも乗降口ドアーを開けたまま走っている、暑くて冷房が無いから開けているか!!! タクシー・バスも窓を開けて走っている。この日の気温は35°Cくらい。
アカプルコ 車

アカプルコ ポリスカー
ポリスカーが絶えず走っている、そんなに事件が多いのか!!

大聖堂の前の広場でも自動小銃を持った警官が巡回していた、港の廻りも自動小銃を持った警官が巡回していた。 市内を歩いた感じではそんなに治安が悪いとは思わなかった。

アカプルコ港 客船ターミナルには毎日と言うくらい客船が入ってくるそうで、外国の旅行客を守るため客船が入った日は特別警戒をしているのか!!!
アカプルコ ポリスカー

大聖堂
大聖堂
旧市街地の中心に在り、その前の広場と周辺には一般市民の為の多くの露店と商店が有ります、
教会ではお祈りをする市民が絶えない。
大聖堂内部

大聖堂前の広場
大聖堂前の広場にはマジュマロ等の大木が有り、その下に露店が有る、皮製品・装飾品・衣服など大衆品のお値打ち価格の品が多い。

大木の下で休む市民も多い、メキシコはマンゴーなど常夏の食べ物や魚介類が非常に安く手に入り、セカセカ働かなくても食べれるからのんびりした国民が多い。
露店

  6月11日 アカプルコ半日観光

   代金 98ドル
   時間 9時~11時半
   食事は無し

支倉常長像「はせくらつねなが」
支倉常長像「はせくらつねなが」
伊達政宗の命を受け1613年10月仙台を出港し3カ月後アカプルコへ上陸ベラクルスなどを経由しスペインを経て、最終目的地ローマ法王に「1615年11月3日」伊達政宗の親書を渡した使節団の団長。 

最終的には使節の要望は実現に失敗。 帰国したがキリシタンに洗礼した支倉常長は伊達政宗のキリシタン征伐に遭い処刑される。

記念塔 
1609年9月スペイン船がメキシコへ帰る途中、嵐で田尻の浜で難破、当時の部落の人は300人ほどでしたが、部落の人たちは苦しんでいる人たちを介抱し317人の人たちを助け、死亡者は56人でした。

徳川家康の計らいで幕府で船を建造し、メキシコへ送り帰しました、その船には日本人22人も乗っていました、日本人が太平洋を越えて外国へ行ったのは初めてです、上陸したのはアカプルコでした。この事が有ってから日本とメキシコとスペインの三国交通が始まりました。

市民の海水浴場 
記念塔の後ろは一般市民の海水浴場、ヤシの葉で架けた屋根が面白い。
レストランなどでもヤシの葉で架けた屋根の店が何軒か有った。

死のダイビングショー

死のダイビングショー
上の写真の岩の上からダイビング、途中岩が飛び出しているからかなり前へ飛び込まないと危険。
飛び込む前に青い祠に祭ってある神に安全を願ってから飛び込む。

死のダイビング
今回は二人で2回、一人で1回の飛び込みが見れた。
飛び込んだ海からは岩を素手素足で軽やかに登っていく。

見学料金は見学者の気持ちでいい、見学者ひとり1ドル位、彼らはそれで生活している。
   

    次はサンフランシスコを案内します
   

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